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なぜ日本に自己責任論が浸透しないのか?餅つきイベント禁止ニュースを見て。

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自己責任論

日本の伝統であり、年末年始の風物詩の餅つきイベント。これを屋外で第三者に提供するのを「食中毒予防」の観点から、禁止する自治体があるみたいです。こうしたニュースを見るたびに、日本はどんどん生きづらくなってきたなぁと感じます。日本の安全・安心は、国際的にも誇れるものではありますが、このニュースの是非について今日は書いてみたいと思います。

目次

日本では安心・安全・清潔が第一

日本はどこに行ってもだいたい清潔です。海外なんか旅すると日本のトイレはどこもそれなりにキレイだし、サービスも最高に良いですよね。それは普段日本で生活していると気づかないことでも、海外旅行などして戻ってきたときなど痛感します。

しかし、それってニーズがあるから起こっていることなんでしょうね。サービスが悪かったら、アンケートに「サービスが悪かった」と書かれたのでしょうし、トイレが汚かったら、そういうクレームが入った過去があるのでしょう。

私もフリーランスになる前は、ホテルでサービス業を7年くらいやっていたので、そのことはよく分かります。「お客様は神様です」って言葉が生まれたような国ですから、安心・安全・清潔が第一なのは、ある程度、仕方がないのかもしれません。

効用が大きい場合はOK

しかしながら屋外で餅つきイベントをする際に、食中毒の注意喚起ならまだしも、中止・廃止するってちょっと行きすぎな感じがしないでもありません。

 

たとえば、、、

毎年、自動車事故は後を断ちませんが、車がある方が便利であれば車は廃止になりません。これはリスクより効用の方が大きければ無くすべきではない、という考え方です。


これが文化的なものだと、ちょっと話がややこしくなります。なぜなら、餅つきイベントの効用って、たしかに曖昧です。でも、屋台で買って食べて食中毒になるのも、餅つきイベントで餅食べて食中毒になるのも自己責任だと、私は考えています。もちろん衛生面は、主催者が最大限配慮すべき、というのが大前提ですので、注意換気は超重要ですが、中止はやり過ぎです。

自己責任論は"無責任"なのか?

こんなこと言うと、、、

 

「自己責任論は、最大の無責任論」

 

なんてことを昔からよく言われたりしますね。

確かに、集団食中毒を起こした企業や団体は、責任を問われてしかるべきです。そして事件により、万一、命を落とした人が出た場合などには、それに対する賠償は必要になるかもしれません。もし自分が当事者になったり、家族が被害に会えば、主催者に対して責任を問うと思います。

 

自動車の例を使って話します。

 

自動車に乗るということは、事故に合うリスクがあることを認識して、自分の身は自分で守らなければいけません。安全運転して巻き込まれないように最大限注意したり、自分が加害者になる可能性があるから保険に入っておくなどするわけです。ある意味、運転することには覚悟が求められますし、リスクが大きすぎると思う人は、運転しなければいいだけです。その代わり、効用は捨てなければいけません。

 

もちろん自己責任が全てではありませんが、自己責任を忘れて痛い目に遭うのは自分です。自分の身は、自分で守らなければいけないという意識が薄弱な人が多すぎる。安全はタダではありません。そんなのは、ぬるま湯に浸かっている日本人の戯言です。

 

最後に

絶対に食中毒に会いたくない人は、餅つきイベントに行かなければいいし、それは参加者側の意識(自己責任)の問題で、そんなもんは消費者側で判断すべきものです。自治体から規制をかけて禁止するなんて、どう考えてもやり過ぎでしょう

今回のニュースが自治体発信なのか、消費者からのニーズなのかまで分かりませんが、こういう規制により、日本の伝統・風習が廃れていくのは、本当に寂しいと思います。将来、餅つきを知らない世代なんかが出てくるようになったら、悲し過ぎですよ。

もちろん主催者の責任というのは最後のところでは問われますが、まずは自分の身は自分で守ることからスタートしないといけません。そこには参加しない選択肢だってあります。完全に自己判断、自己責任です。

そして、自己責任から出発しないと、生きづらい世の中にどんどんなっていったり、大切な日本の文化が失われていきます。食中毒リスクや事故リスクがあるからと言って、運動会のパン食い競走も、組体操もやめるんでしょうかね。

ペリカン